平成元年の頃


平成31年4月1日 11時30分頃 私は テレビの画面を 見つめていました。

菅官房長官が、 ゆったりとした動作で、 額に入った色紙を 掲げます。

  「令和」

それを見ていて 30年前の小渕さんが 掲げた 「平成」 の場面を 思い出し

ました。 忘れていた 30年前のあの日・・・

いい思い出でではないので 自分の心の中から 追いだしていたものです。


昭和64年 ? 寒かったから 1月でしたよね 主人が 結核で 入院したのです。


  結核だなんて    なんで!   なんで!


主人の母 私、 2人の娘、女ばかりの 4人は ずっと 無言でした

今時の 結核は すぐに良くなるから 悲観しなくて いいよ と 病院で

言われたけれど 暗く 沈んでいました。 仕事は自動車部品メーカーの

孫請けの 零細工場を やっていました。主人が入院したぐらいでは、辞める事は

できません。

 そして  平成  は 始まりました。

義母は 家事全般と 経理を やってくれました。 高齢なのに 凄いです。

長女は 中3で 高校入試の真っただ中なのに、希望の高校に 合格していました。

次女は、中1でしっかり 進路も 自分で 決めて 勉強しています。

私は 主人の分も 働かなくては と思い 朝も 夜も 仕事を しています。


半年後 主人は 退院して きました。姿を見た時、ほっとして体中の 力が 抜けて

しまったのを 覚えています。その時代の 楽しいことは あまり なかったけれど

家族5人全員で 1泊旅行に行った事が ありました。最初で 最後の 家族旅行でした。






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